僕は戦いの歌を、君に癒しの歌を
act.04 -交わり-
「十字架って好きだな。」
「十字架?」
唐突に発せられたの言葉に、彼は不意を衝かれたようだった。
条件反射のように聞き返してしまう。
それに対し彼女は顔色一つ変えずこくりと頷いた。
「だってさ、十字架って2本の線が交わってるじゃない?」
「うん。」
「しかも、その2本の線って長さが違うんだよ? 違うもの同士が交わって別のものが出来る、って凄いと思わない?」
言って、は自らの人差し指同士を交差させた。確かに、そこには十字が出来る。
彼には、その言葉の真意…もう少し深い所がわかってしまった。
が、未だに悔いている、ということも。
彼はの人差し指を外し、代わりに自分の人差し指を差し出す。成程、違うもの同士が交わって十字架が出来上がった。
はそれを数秒凝視し、ふいっ、と指を外す。
「大丈夫だよ。」
唐突に言った彼の言葉に、は不審そうな視線を向けた。構わずに彼は進める。
「そんなに、『罪の意識』を背負う必要、にはない。」
きっぱりと、断言した彼を、は眩しそうに見る。
しかし彼女は、彼の言葉に対し目を伏せた。口元に自嘲的な笑みを浮かべて。
「有り難う、わかってる。…でもね、無理なの。」
あたしは罪を忘れちゃいけないの。
だって、忘れてしまったら…………………
「ちょっとそこの部長さん。」
あたしがそう呼ぶと、彼…つまり梶本は面白いほど眉間に皺を寄せた。老けて見えるから止めておけ。
「何だ、」
「その名前で呼ばないで。」
相手の言葉が出る前に、あたしはさえぎらせてもらう。彼はもっと不本意そうだった。
「あたしの名前は。それ以外はあたしの名前だと認めてないの。」
「理不尽だな。」
「勝手に言ってやがれ、あたしはそれで呼ばれても返事はしない。
それより部長さん、もう少し普段から機械の整備をやっといたら? ねじ緩んでるの結構あった。
よく今まで怪我しなかったね…って、もしかしたらギリギリまで華村先生が放ってただけかもしれないけど。
その他明らかに故障しているもの、故障とまではいかなくても変だと感じたものが大体7、8個。
まぁ後者は油差したり詰まってるもの取ったりすればスムーズに動くと思うものばかりだから心配ないと思う。
…ん? どうした部長さん。」
しまった、また1号の時みたいにひかせてしまったのだろうか?
そうは思ったがもう遅い。後の祭りとは先人もよく言ったものだ。
しかし、部長さんが言った言葉は予想外のものだった。
「いや…俺の印象と全く違ったから。」
「何、中1の?」
「? 中1の時に何かあったのか?」
あたしは何も起こしちゃいないが周りが勝手に噂作っただけです。
部長さんはそういうのに疎いのだろうか。疎いんだろうな。
「俺の勝手な思い込みだが…普段から余り話さないだろう? ……、は。」
「よくできました。で? それが何?」
「厄介事が嫌で自ら壁を作ってるのかと思っていたんだが…
テニス部のマネージャーを引き受けたり機械設備にそこまで熱を入れるとは思っていなかった。」
「あー…」
そういうことか、と思わず苦笑してしまった。
彼の言ってることは何一つ違ってない。テニス部マネだって単なる暇つぶしで、機械設備は自分が予想外にはまってしまっただけ。
「部長さんのあたしに対する認識は正しい。そこらの女子よりずっと。」
「そこらの女子?」
「上辺だけの友達。」
あたしが友達、と認めているのはただ一人だけ。でもそれを不幸だーなんて思っちゃいない。
他の人といると嫌でも人間という生き物の汚い部分が見えてしまって、しかもその汚い部分を隠そうとするところが見えてしまって嫌なのだ。
けど彼は違った。彼は隠そうとしない…いや、隠そうとしたところを暴いてしまったから諦めただけかもしれない。
でも彼は引き際を心得てる。相手の気持ちを読んで気遣う。気遣ってなお自分を犠牲にしてでも相手のことを考える。
それが、彼と、他の人の、決定的な違い。
「あ、今のうちに言っておくけど、あたしがこれやるの、週に2回、月と水。先生には断ってある。」
「わかった。」
「じゃ頑張って、部長さん。」
「…その呼び方は止めろ。」
機嫌が悪そうに言う彼に笑ってから、「いつかね」と無責任に答えて去った。
きっとその時の笑みは、営業スマイルそのものだったろう。
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昔の自分、今の自分。どれも全て、自分。
どれも無には出来ない。出来るのは、償い。